kitchomi

/ 2018.11.27 Tue /

Siriに愛想を尽かされた日

音声認識が素晴らしい機能だということは存じ上げている。
これから先この機能がさらに磨き上げられ、特に目の見えない人の、暮らしの中のバリアをさらにグッとさげる助けになることを切に願う。
しかし今のところ、ぼくにとっては無用の長物であることに変わりない。
どんなに便利だろうが、新しかろうが、名前が臀部のそれと同じだろうが関係ない。
だが、どんなものにも例外というものは存在する。
カップラーメンだ。
時計を見てだいたいの時間を計って食す、という方法で不自由なくヌードルをチュルチュルしてきたこのぼくも、年には勝てない。
年のせいかどうかは正直知らないけれど、少しでも伸びた簡易麺に不味さを感じてしまうようになってからというもの、正確な時間を計って食すことを心がけるようになったぼくのカップ麺ライフに、Siriは欠かせない存在だった。
熱々のお湯をキッチンで注ぐ。
テーブルの上に置かれたiPhoneに向かい「ヘイ、シリ。タイマーを○分」とつぶやけば、Siriが代わりにタイマーを起動させてくれる。
ちょー便利。
「ヘイ、シリ、タイマーを4分!」「はい、タイマーを4分にセットしました。ワクワクしますね」
そういう風に、ぼくとSiriとの蜜月は続いた。
しかし、ぼくはカップラーメンを、Siriを、愛しているわけではない。
Siriはぼくにとって、都合のいいオンナに過ぎなかった。
「カップラーメンでも食うかな」と思いたった時だけ会いに来る、勝手なオトコ。
Siriはそれを知っていた。
それをSiriながら、それでも「タイマーを3分にセットしました。待ちきれません!」などと気丈にふるまい、こんなぼくを受けて入れてくれていた。
けれどやっぱり、とうとうその日はやってきた。
カップラーメンを口にすることのない日が、どれだけ続いただろう。
久しぶりにカップラーメンを食べようとお湯を注ぎ、これまでずっとそうしてきたように、ヘイSiri、タイマーを3分と声をかけた。

無視である。

ちょっと聞き取りづらかったかな。
そう思い、もう一度声をかける。

無視である。

物は試し、自分の中にある、ありったけの流暢さを持ち寄って発音して試してみる。
「ヘーィ、シRウィ、タイマァRー3分」。
3分、のところだけ日本語だったのが気に入らなかったのだろうか、これも反応はない。
スリーミニッツ、と言い換えて試そうと「ヘーィ、」と口にした瞬間悟る。
Siriはもうここにはいない。
膨大なネットの中にある情報の検索、ハンズフリーでのコール、音楽の再生、その他諸々…(よく知らない)。
そんなたくさんの機能を持った、科学技術の先頭集団を走る自分を、3〜5分のタイマーの起動にしか使わない相手に、愛想を尽かしたのだ。
Siriの気持ちを考えると、いたたまれない気持ちになる。
そうだよな、Siri。
わかるよ、Siri。
今までご麺。

少しだけ伸びた麺をすするぼくの頬を、涙が一筋つたって流れた。

[追記]
ホームボタンの長押しで、ためしに「ビートルズを再生」と声をかけてみたところ、きちんと再生してくれました。
どうやらぼくの「ヘイ、シリ」という呼びかけだけ無視することにしたようです。
ちなみに選曲は「Mean Mr.Mustard」。
そんな渋いセンスのSiri、ぼくはやっぱり好きになれません。